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第31号「西カリマンタンの人種暴動」

2007-06-03  2020-08-04

クリスチャン パートナーズ

通信 第31号

発行日/1997年4月30日

パートナーズインターナショナル 米国年次計画会議に、理事長出席

1997年 3月24日~26日 於 カリフォルニア州サンノゼ市郊外
報告『“The Family Tie”によって』

理事長 草野計雄

【基本的姿勢】

 この報告の題を私は、この度クリスチャンパートナーズの特別顧問になっていただいたフィンリー師の著書“The Family Tie”から取りました。
同書は、十年前に木ノ内理事の手で訳され、『家族の絆』と題して出版されています。新約聖書ガラテヤの信徒への手紙6章10節でパウロが、「信仰によって家族になった人々」に助け合いを呼びかけている箇所に因んだ題名です。

サンノゼ市郊外のミッションスプリング研修センターで開催された、この会議の基本姿勢もこれにほかなりません。

【国際会議とその構成】

 国際会議については「通信」第19・24・27号でも説明していますが、パートナーズインターナショナル本部の主導で、カナダ・英国・オーストラリア・日本などから、同じ志を持って宣教運動への献金を取り扱う団体(=パートナイズ)の代表者が出席するものです。近い将来、韓国・南アフリカ・シンガポールなども参加するようになるでしょう。
景色の良い戸外の食事

 会議の運営は、各団体からニ、三名の代表が出て評議会を構成し、意思決定を行ないます。

評議会は、だいたい持ち回りで毎年各団体の所在地で行われますが、その前後に代表者の親睦をはかり、情報交換を促進し、人事の相談などをする会合が計画されます。

しかし各パートナーズは法的にも経営上も独立した組織で、それぞれが年次総会、研修会、視察旅行を行っており、それには他のパートナーズからの参加も歓迎され、幅広い交流が図られています。

今回私が出席したのも、米国のパートナーズが主催した長期計画会議でした。

 評議会は「1995年基本方針」に基いて各パートナーズを出来るだけ自立させる方針を取っていますが、これはパートナーズインターナショナル設立以来の一貫した態度です。
現在パートナーズの名称が国によって異なるところにも、その経緯が表れてます。

 例えばシンガポール事務所は、今でもCNEC(Christian Nationals Evangelism Commission=副音自伝会)という開設以来の名称を使っていますが、私たちは本部が「パートナーズインターナショナル」と改名したのに倣って「クリスチャンパートナーズ」とし、Partners International -Japanを英文名と決めました。

   
緑陰の討論

【米国パートナーズの事務所と組織】

 新しい事務所には今回初めて訪問しましたが、吸音壁で職員個々の事務スペースを仕切り、パソコン等で装備されたかなり広い静かな所でした。
 1996年1月の組織図を見ると、ベネット会長直轄する開発部門が一番大きく、教会関係、基金、大口献金関係、一般献金・出版業務の3部門で一般管理部門はロビンソンさん以下8名、同労の関係者としてシンガポールのポールの・チャン師など4名が載っています。

【米国パートナーズのリーダーシップ】

 前会長ブッシュさんは強力な指導性を発揮し、紀元二千年を目標に、地球上にくまなく福音を宣べ伝えることをめざして長期計画を推進しましたが、経済社会状態の変化の故か、パートナーズの献金収入は下降線をたどりました。

 一方ベネットさんはもの静かで、文章家として定評がありますが、カリスマ性の少ない人です。しかし回りや下からの盛り上がりを自然と促すゆとりのある態度は、日本的な感じです。その後の献金額の上昇は、彼のリーダーシップが評価されていると見るべきでしょう。

前述のフィンリー師は元会長でありベネットさんの親友ですから、懇望されて、今は開発部門の基金・大口献金関係を応援しています。

大会議場で

サンノゼ市がコンピューター景気の恩恵を受けているせいか、パートナーズの長期計画における予算の各年伸び率目標値は96/97年が対前年比で21%、以降15%、16%、12%、11%と続き、二千年には775ドルに達するようになっています。

【各地域の重要性とSAC】

 目標時点における活動地域ごとの予算規模は、1位が東アジアで189万ドル、2位東南アジア152万ドル、3位アフリカ100万ドル、4位南アジア99万ドル、5位北アフリカ・中東93万ドル、6位ラテンアメリカ59万ドル、7位ヨーロッパ27万ドルとなっています。

SACについては現状を維持して、地域別でなく全体で34万ドルのまま5年間維持する方針のようで、総額755万ドル4.6%を占めています。〈次号に続く〉

西カリマンタンの人種暴動(1997年3月22日発)

 この事件は日本の新聞でも一部報道されたので、会員の皆様も関心を持たれてことと思います。ここにCNECシンガポール事務所からの通真に基く情報をお伝えします。

 事件の発端は、去る1月29日に起きたマドゥラ人(東ジャワからの移住民)によるダヤック族の女子学生二人への暴行と、ダヤック族の学校の破壊から始まったようです。

ダヤック族はカリマンタンの先住民です。その復讐としてダヤックの人々が西カリマンタン各地でマドゥラ人の家を焼き討ちしたために、暴動が拡大しました。
難を逃れて内陸の山岳地帯に逃げたマドゥラ人に多くの犠牲者が出ましたが、海岸地域のポンティアナックやシンカワンに逃げた人々は助かりました。

3月20日現在で、殺害されたマドゥラ人は千人以上、ダヤック族は百人以上と言われています。

 インドネシア政府は、人口過密なジャワ島から他の島々(カリマンタン、スマトラ、スラウェシ等)への移住を積極的に奨励して来ており、マドゥラ人の西カリマンタンへの移住もその政策の一環ですが、宗教、風俗・習慣が大きく異なる両種族の対立が起きやすいことは容易に想像されます。
マドゥラ人はイスラム教を信じ、マドゥラ語という独自の地方語を持ち、誇り高い種族として知られています。

西カリマンタンに立つ十字架

一方、キリスト教徒とイスラム教徒以外のダヤック族はアニムズム(聖霊信仰)を信奉、固有の風俗習慣を堅持しているので、マドゥラ人との融和は難しい状況にあると思われます。

かつて首狩りの習慣があるとして恐れられたダヤック族は、勇猛で攻撃的な性格を残しており、殺害したマドゥラ人の扱いを偶然目撃したCNECの同労者は非常な衝撃を受け、ダヤック族に対するキリスト教宣教の必要性を痛感したとのことです。

 今回の暴動CNECの現地での活動は一時中止に追い込まれましたが、政府軍が出動したが、ナイフや武器の所持は禁止され、軍のパトロールが続いている模様です。
CNECの教会活動は再開されたと伝えられていますが、ダヤック系の職員は家に籠もりっ切りで、緊急の場合以外は事務所に出て来ないそうです。

SACの里子がこの事件に関わったとの知らせはないそうです。SACの子供たち、その家族、CNECの同労者の上に神の加護が与えられますよう、祈りの中に覚えください。
松本繁雄(理事)

Salamat siang!
(今日は!)
《私はパン・ミン・チャンです、どうぞよろしく。》
(Phang Min Chiang)
Terima Kasih.
(ありがとう)



 
私はパン・ミン・チャンです。15歳になります。
お父さんは砂金採掘現場で働いています。
兄と姉、弟3人に妹2人で、私をいれて8人兄弟です。

学校での好きな科目は理科、そして本を読むことが好きです。

 
パン・ミン・チャンさんは、私の2人目の里子です。チュウ・アイ・チェンさんが中学を卒業した後チャンさんに変りました。

二人とも女の子、そして、名前から二人とも中国系インドネシアの方の子だと思います。
以前にポンティアナックの里子たちを訪れたことがあります。どのような環境に住んでいるか大まかですが知っているだけに、とても身近に感じています。
里親 木ノ内一雄

木ノ内理事は東京神学大学での勉学を終了され、4月より日本基督教団洗足教会で伝道師として奉仕されています。

本

《ふたつの紅白旗―インドネシア人が語る日本占領時代―》
 木犀社1996年8月
〔編著〕インドネシア国立文書館 〔訳〕倉沢愛子・北野正徳 ¥2781

 1942年3月から1995年8月から3年5ヵ月、日本軍の占領下にあったインドネシアで人々はどんな暮らしをしていたのか。
オランダの植民地としての長い歴史のあと、突然日本語と日本文化を武力で押しつけられた人々の希有なけ経験を、インドネシアの歴史学者がインタビューで集めた貴重な記録です。

日本人読者の理解を助けるために細かい注を加えて、日本の研究者が訳しています。
ジャカルタを中心にしたジャワ島とスマトラ島にいた人々の体験談で、私たちに親しい西カリマンタンのことが出て来ないのは残念ですが、同じ紅白二色で染められた国旗を持つこの国が日の丸に踏み躙られた時代を知ることは、心の痛む重い読書ですがお薦めしたいと思います。
訳者の倉沢さんはインドネシアの農村に住み込んで、直接人々の証言を集めた方です。(1996年11月13日の朝日新聞「ひと」欄に紹介)



【理事会報告】

第89回理事会は1997年3月18日一ツ橋学士会館で開催。前回議事録承認。
1997年1月、2月度会計報告承認。フィンリー夫妻に顧問を委嘱するする件に全員賛成。成田理事と木ノ内理事が今年度で理事を退任される意志を表明。
通信第31号の内容は理事長の米国訪問報告、松本理事による西カリマンタン暴動の記事、木ノ内理事の里子紹介、鳥海理事の書評等。
ロブソンランチ・サンタの会の扱いについて協議。海外へ行かれるため退会された木村夫妻の代わり、夫人の父君岩崎俊夫氏が入会。第90回理事会は4月28日(月)一ツ橋学士会館で開催予定。



〈編集後記〉

桜も散り、新緑の候となりました。西カリマンタンの不安定な社会状態は想像も難しいことですが、困難な中にある人々の安全を祈ります。(鳥海百合子)

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